3.11大震災から5年の節目。「私たちは元気です」

今でも5年前の今日を忘れない。

私は取引先の病院で作業中でした大きな揺れを感じ立ち尽くす事しかできなかった。人命救助が必要な事態とはならず建物がしっかりとしていたからでしょうか テレビから流れる地震の速報と津波の映像を見て無言のまま過ごす事しかできなかった。

次に家族 嫁は勤務先に市立病院内に大きな病院だから免震構造だろうから、きっと大きな被害はないと思った。(混乱はあったが無事だった) 
故郷の福島はどうなのか?
情報がない ニュースは津波が到達した宮城や岩手の映像ばかりだった。
福島は?
もちろん、電話網はパンク
そして停電。
故郷の家族との連絡手段がなかった。 
でも、無事だと思った。
何の根拠もないけど 
太平洋沿岸から離れた内陸にある故郷
津波の心配はない 倒壊と火事だけが心配なだけだと
家族との連絡は2日後だったはずだ。
3.11は震災直後から停電となり石油ストーブで沸かしたお湯でカップ麺や温かい飲み物を飲みながら暖を取っていたと 無事でよかった。
そんなドラマが多くの家族にあるんだよね。
私たちは大震災を経験した日本人として、語り続けよう
その日、東日本だけではなく日本全国が危機的な状況だった事 そして危機を救ってくれた人がいる事 多くの命が失われた事 そして君たちが生まれた事 あれから5年が過ぎた事
まだ、震災からの復興が道半ばという事を
私は強く思う

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする